神社紹介
郵便番号 〒 5260831
鎮座地 滋賀県長浜市宮司町470
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日枝神社 (ヒエ)
御祭神
大山咋命 天津児屋根命
御神紋
三ツ巴 橘
御由緒
天平十一年、行基建立の真言宗総持寺の守護神として、天津児屋根命を勧請し、永久元年、大山咋命を祀り以後、山王宮と称し、宮川、下司、大東、室、大辰己、勝、四ツ塚、七ヶ村の総社として神事祭礼は共同にて執行し、佐々木、京極氏が、北近江の守護職のとき代々の当主、当社を尊崇し、武運長久を祈願し、神田を寄進した事蹟があり、元禄十一年、堀田正休が一万石で当地に入封し、宮川陣屋を設け、その孫の、正陳は、若年寄の功により、三千石を加増され、その正陳は、享保六年には、社殿を造改築して領内繁栄を祈願した棟札があり、堀田家が陣屋を構えてから、殊更に祭礼を盛大に行ったと伝えている。天明四年に、神輿が奉納され、その屋根には、堀田家の文様を並べ、金箔うるし塗りで葺かれている。享和二年には、藤岡和泉盈作の曳山颯々館も建造され、文政十二年には、この曳山の見送り幕に、堀田正民みずから「龍の画」を画き、これを寄進し、天保初期には、曳山の楽屋襖に、岸駒晩年の作「岩上雌雄の虎」の襖絵も奉納され、又正民は天保八年に石灯籠一対、堀田正誠も、社前に春日灯籠一対を奉献、何れも現存する。
祭礼は、四月申の日(八十八夜に近き申の日)であったが、明治の末より、五月二日に行われるようになり、神輿は子供武者行列(母衣といい七歳の男児が参加する)と共に御旅所より総持寺仁王門前まで渡御し、曳山颯々館の上では、屢々子供狂言が上演されたが、今では御旅所に飾られる。大正十八年八月郷社となる。
本殿・境内建物
〔本殿〕一間社流造千鳥破風軒唐破風付 間口五尺 奥行四尺
〔拝殿〕入母屋造(前後唐破風付) 間口三間三尺 奥行三間
境内社(摂社・末社)
金刀比羅神社 稲荷神社
祭礼日
祭礼日は神事(祭儀)のみ行ない、御神輿・山車・露店などは別の日に出る場合があります。お出かけの際は念のため神社にお尋ねください。
5月 2日
1月 9日 おこない
9日未明から正午まで、宿において鏡餅を搗き、マユ玉(餅花)をつくる。午前9時には籤取りが行われ、午後8時から先当・後当の打ち合わせがある。10日には正午から神事が執り行われる。なかでも下神酒式は定められた規則・秩序に従い進められる。最後に立謡が唱われ、お開きとなる。
〔兼務社|長浜支部〕
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